体験談

なりゆき金融機関から農村ボランティア活動をきっかけにWebライターに転職した話

なりゆきの水産業

転職満足度10点/10点

リマ 女・28歳の頃(現29歳)

職業: 金融業→著述 金融機関

年収: 350万円→未確定

従業員規模: 人→人

これは私が農村ボランティアを通じて私にとってのやりがいを覚え働き方を変えるために転職した話です。

大学卒業後、たまたま受かった地元の団体へ就職

私は大学を卒業後、地元にある水産業関係の公的団体に就職しました。

なぜそこに就職したかというと、恥ずかしながら受かったところがそこだけだったです。

大学4年になると、就職活動が一斉に始まり、私も周りに合わせて活動を始めました。
しかし、これといって自分のしたいこともなかったので、希望する業界や職種が定まらず、活動は難航気味でした。

(必死にやらなくても良いかな)とも思いましたが、大学進学のときに借りた奨学金の返済もあったため、とりあえずはどこかの会社に入ろうと考え、就職活動を続けました。

冬になり、周囲がほとんど内定をもらっているなか、私はまだ内定が一社もなく、 焦りを感じていました。
そんなとき、大学の就職支援センターから地元の水産業界の金融系の団体を紹介され、たまたま試験と面接を受けたその団体への就職が決まりました。

環境が合わない…やりたいことも見つかったので辞めたい気持ちが強くなる

せっかく就職した団体を辞めたくなったきっかけは、大きく二つあります。

ひとつは、漠然とですが、仕事以外に自分のやりたいことが見えていたからです。

大学で卒論執筆をした際、その過程で自分の興味関心の方向性がある程度見えてきてはいました。
しかし、それを仕事にするイメージが掴めなかったため就職活動には結びつけられず、就職した団体の仕事は自分のやりたいこととマッチしていませんでした。

もうひとつは、自分の性質と職場の環境や仕事の仕方が合わなかったことです。

環境面については、私は一つの部屋など同じ空間にたくさんの人がいると気疲れしてしまうタイプなのですが、職場がまさにその環境でした。
ワンフロアに多くの人が常時おり、そこにいるだけで精神的に疲れてしまうことが多かったです。
そのため、平日五日間働くと週末には精神的にぐったりしてしまい、土日はその回復に充てるような生活でした。

仕事の仕方という面については、思っていたよりも対応能力が求められるという点がマッチしませんでした。

金融機関という専門的な知識が必要な業務に関わらず、きちんとしたマニュアルがなく、先輩たちも体感で仕事を覚え業務をこなしている部分がありました。

人から口頭で聞いて、仕事を学んでいくスタイルが強かったので、器用な人なら難なくこなせると思いますが、不器用な私にとっては必死にならないとこなせない部分が大きかったです。

きちんとした根拠に基づいて仕事をする必要があるのに、その根拠となる部分があいまいになっていて、常に(このやり方で合っているのか、問題はないのか)と不安を抱えながら仕事をしていました。

思い切って退職を決意

私が団体を辞める覚悟ができたのは、勤め始めて5年目のことでした。

参加を決めたある農山村ボランティアプログラムに行くためのお金が貯まったこと、そして今後もずっと同じ団体で働き続けることに不安を感じたことが理由でした。

地域活性化や田舎暮らしに関心があった私は、働きながらときどき有休を利用して農業ボランティアなどに参加していました。
そんな中見つけた、特定の田舎の自治体で一定期間地域ボランティア活動を行うプログラムに関心を持ち、(これに参加したい!)と強く思うようになったのです。

また、自分の性質と職場環境が合わないまま5年が経ちましたが、自分がいくら努力しても精神的な負担が大きいままで、(ずっとこの職場で働くのは考えられない)と思うようになりました。

だんだん後輩も増えましたが、いまだに仕事の仕方に確信がもてないまま、先輩として指導しなければならないのも辛い点でした。

正社員で、しかも公的機関に近い団体でしたので、安定した仕事を辞めることには恐怖に近いものを感じました。

親からも、「一度辞めたらもう正社員にはなれないよ」と言われ、ひどく迷いましたが、(先が見えない不安な状況から脱したい)という気持ちが勝り、思い切って退職を職場に伝えました。

退職後、自分の道を歩み始めた

退職後、私は地元を離れ、農山村ボランティアプログラムに1年間参加しました。
それが終わった現在は、フリーランスのWEBライターとして仕事をしています。

振り返ってみると、結果的に人生をしっかり見つめなおし、自分の道を歩み始めることができたと思います。

安定した仕事を離れ、保証のない立場になることへの不安を抱えたまま、農山村ボランティアプログラムに参加しました。

しかし、参加をきっかけに以前の環境ではできなかったさまざまなことにチャレンジでき、自分を見つめなおす機会を充分持てたのが一番の成果だったと思います。
また、職場での精神的なストレスがなくなり、ストレスからくる体の不調もかなり和らげることができました。

思い切って参加した農山村ボランティアプログラムの1年間のおかげで、自分の進みたい方向が明確になり、今は自分の目標に向かってフリーランスのWEBライターとして活動を始めています。

リマさんへインタビュー

編集長

体験談ありがとうございました。

いくつか質問させてください。

リマさんは現在、Webライターをされているそうですが、農村ボランティアからWebライターは一見すると関連性があまり感じられませんでした。

なぜ個人事業主でのWebライターへの転職になったのでしょうか。目指されている目標と関係しているのでしょうか。

リマ

個人事業主であるWEBライターに転職したのは、農山村ボランティアの経験から、自ら環境を選び、かつ自分から行動して仕事に取り組みやりがいをもって働きたいと思うようになったからです。

団体に勤めていた時は、同じ場所で与えられた仕事を淡々とこなすことに息苦しさを感じており、やりがいを見出すことに難しさを感じていました。

しかし、地元を離れ活動した農山村ボランティア活動では、与えられた仕事をただこなすのではなく、自分で動いて活動を見つけたり作り出したりすることが求められました。

そこにやりがいを感じたこと、そして特定の場所に囚われず働けることから、得意とする文章執筆を活かし自主的に働けるWEBライターへの転職を決めました。

編集長

主体性を持って取り組めることが大切で、Webライターという仕事がそれにあっていたんですね。

リマさんはボランティア活動に影響を受けたところが多いそうですが、ご自身が特に感じるボランティア活動の良さはなんでしょうか。

これって一般の人でも参加できるものなのでしょうか。

リマ

ボランティアに感じる良さは自分個人として地域社会の役に立っている実感を持つことができ、社会的な居場所を増やせるところです。

会社の仕事をするだけでは、家と会社組織としか社会的なかかわりを持つことができません。

しかし、ボランティア活動をすることで個人として人の役に立てると同時に、地域社会の中での居場所を持つことができます。

編集長

社会との関わりを直接的に感じられるところがやりがいポイントなんですね。

リマ

はい、あと一般的なボランティア活動(清掃、行事手伝い等)であれば、地域の広報誌(特に自治体の広報)や新聞、SNSでの募集、知人の紹介などを介し、簡単に参加できると考えます。

ボランティア活動によって技術や経験が求められる場合もありますが、そうでない場合の募集も多いため、内容を確認し自分ができそうなものであれば誰でも簡単に参加ができます。

編集長

なんだか敷居は低そうだなと思いました。

リマ

私が参加したボランティアプログラムは、NPOと全国の農山村の自治体が連携した事業です。

40歳以下の若者を対象とし、プログラムに応募して採用されたのち、1年間特定の自治体に居住することが求められます。

そのため、参加にあたっては準備や手続きが必要となります。特定の自治体内に1年間居住するため、地域の一員として様々な分野(農業手伝い、保育園手伝い、行事手伝いなど)のボランティア活動が経験できるのが良い点です。

編集長

参考になります。

最後になのですが、他に周りから良いといわれている仕事を辞めて違う職種にチャレンジしようか悩んでいる人がいたらなんとアドバイスをしますか?

リマ

周囲の評価を気にせず自分の気持ちを優先してほしい、とアドバイスしたいです。

その際には、なぜ自分がチャレンジしたいのかを自己分析してもらい、その目的が明確になれば納得して決断できると思います。

また、自分の考えを否定せず尊重してくれるような信頼できる人がいればその人にも相談して、客観的な意見をもらってほしいと思います。

編集長

わかりました。インタビューありがとうございました。